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仙台地方裁判所 昭和53年(ワ)202号 判決 1985年6月19日

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

一  原告ら

1  被告村上逸朗(以下「被告村上」という。)、被告気仙沼市(以下「被告市」という。)及び被告宮城県(以下「被告県」という。)は、原告白石しみえ(以下「原告しみえ」という。)に対し、連帯して金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金四〇万円に対する昭和五三年三月二六日から支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  被告村上、被告市及び被告県は、原告白石精一(以下「原告精一」という。)に対し、連帯して金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

3  被告村上及び被告県は、原告白石美恵子(以下「原告美恵子」という。)に対し、連帯して金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

4  被告株式会社村上材木店(以下「被告会社」という。)は原告らに対し各金二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言。

二  被告ら

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (原告らの地位等)

原告しみえ、同精一、亡白石徳子(昭和五四年一〇月一三日死亡、以下「徳子」という。)、原告美恵子は、亡白石菊三郎(昭和四九年九月五日死亡、以下「菊三郎」という。)のそれぞれ妻、長男、長女、二女であり、原告らは肩書地所在の原告方家屋に居住しており、徳子、菊三郎も同家屋に居住していた。

2  (被告会社の製材工場設営)

(一) 被告会社は、昭和三三年四月一日以来、「村上製材所」名で製材業を営み、被告村上は当初から被告会社の実質的経営者である。

(二) 被告会社は、昭和四八年二月、別紙図面(一)記載の「旧来の建物」部分に、同記載の「増築した建物」部分(斜線部分)を増築(以下、増築部分も含めて「被告工場」という。)し、その増築部分に帯鋸盤、集塵機を設置し、同記載のように原告方家屋と隣接した状況で製材作業を開始した。

3  (被告会社及び被告村上の責任原因)

右増築後の製材作業に伴う騒音(以下「工場騒音」と略称することがある。)により、原告らは昭和四八年二月から現在まで、菊三郎、徳子は昭和四八年二月から各死亡時まで、それぞれ身体的、精神的苦痛を受けた。

右工場騒音は次の理由でその受忍限度を超えて違法であるから、右騒音を発生させる被告会社、それを実質上経営している被告村上の製材作業は、原告ら、菊三郎及び徳子に対する不法行為を構成する。

(一) (工場騒音の程度)

工場騒音は、八〇ホン(以下「ホン」とは騒音計中特性Aの聴感補正回路で測定した騒音レベルを指す。)にも及び、昭和四八年八月二九日の被告市による測定時には被告工場敷地と原告方家屋敷地(以下両者を合せて「本件土地」という。)の境界線(以下単に「境界線」と略称することがある。)上で六〇〜八〇ホン、同年一二月二六日の被告市による測定時には境界線上で六六〜六七ホン、昭和四九年四月四日の被告市による測定時には、境界線上で六九ホンを示し、現在もなお常に六〇ホンを超え、ときには七〇ホンを超える。

尚、被告ら後記主張の、被告市による境界線上の工場騒音の各測定の事実及びその日時は認め、測定値は、右に記載のとおりである。

(二) (被告工場の建築基準法違反の事実)

(1) 被告村上は、昭和四七年一二月五日、前記増築をするにあたり、増築の建築確認申請を、主要用途を製品置場としてなし、これに対し、被告市は同月一一日、右の用途地域を商業地域として、被告県に副申し、被告県は、同月一四日右を確認した(以下「四七年確認」という。)。

(2) しかしながら、被告工場敷地の用途地域は住居地域であった。

被告村上は、四七年確認申請当時菊三郎からの有料借地として457.37平方メートル、無料借地として445.92平方メートルの合計903.29平方メートルを工場敷地として使用していた。

そして、被告市の用途地域の指定によると、住居地域と商業地域の境が被告工場の敷地上に存することになるため、被告工場敷地につき、いずれの地域が過半を占めるかにより用途地域が定まる関係にあり、右工場敷地については、一見して容易に住居地域が過半を占めることは右申請当時から明らかであった。

(3) 被告村上は、製材工場を増築するのに、主要用途を製品置場として申請し、被告市の副申を経て、被告県により用途地域を右に反して商業地域と判断され確認されたのであり、右増築及び増築部分における製材機械の稼動は建築基準法に反するものである。

(4) 被告村上は、昭和四九年六月一二日、右増築建物の主要用途を製材工場と変更する旨の確認申請を用途地域を商業地域としてなし、これに対し被告市は、同日右の用途地域を商業地域として被告県に副申し、被告県は、同月一八日右を確認した(以下「四九年確認」という。)。

(5) しかしながら、四九年確認当時の被告工場の敷地の使用状況は、従前と変わらないものであって右確認申請は、前記と同様に違法なものであった。尚、被告村上、被告市の後記主張の事実中、被告村上の四七年確認の申請が用途地域として商業地域との記載を以てなされたことは争う。右申請書には、住居地域、商業地域ともに印が付されており疑問がある。

(三) (工場騒音の規制基準)

(1) 本件土地付近における騒音規制法上の騒音規制の区域区分の指定は、都市計画法における地域指定に準拠してなされており、住居地域は第二種区域に、商業地域は第三種区域に該り、騒音規制法上の規制基準(以下「規制基準」という。)は、第二種区域が昼間(午前八時から午後七時まで)五五ホン、第三種区域は昼間六〇ホンとなっている。そして被告工場は右の規制の対象となる「特定工場」に該る。

(2) 被告工場敷地は前記のとおり第二種区域(住居地域相当)が過半を超えるから、規制基準は昼間五五ホンであって前記(一)の工場騒音はこれに反するものである。

(四) (騒音防止対策の不実施)

被告会社(その実質上の経営者たる被告村上)は、工場騒音を規制基準内にしようとすれば容易にできるにもかかわらず、有効な防止対策をなさずにいるものである。

尚、被告ら後記主張の、原告らによる昭和四八年八月二九日の被告市に対する苦情申立て及び同年一二月の被告会社が防音板を貼りつけた事実は認めるが、これでは不十分である。

(五) (菊三郎、原告らと被告村上との関係)

被告工場敷地は、菊三郎が被告村上に貸し渡していたものであるが、昭和四七年二月契約書の書換えにあたり、「被告村上は騒音等の苦情があったときはこれを誠実に解決する。」旨の条項が加えられたにもかかわらず、被告会社、被告村上は、右のとおりこれに反して高騒音を発生させているものである。

尚、被告村上後記主張の、賃貸借契約締結当時は、原告宅が被告村上方の製材所の西側にあったが、右締結後、現在の右製材所敷地の東側に接する位置に移築したものであることは認めるが、原告宅は被告が工場増築以前に現地に移転したもので、右主張事実は本件とは直接に関係がない。

(六) (菊三郎の工場騒音による死亡)

菊三郎は、昭和四三年三月に脳軟化症で治療を受け、その後治癒して健康な状態で生活していたのに、工場騒音によって、昭和四八年一一月再び発作をおこし、高騒音発生の継続によって病状が悪化し、ついに脳軟化症により死亡した。

右菊三郎の病気が工場騒音に主たる原因があることは明らかであるのに、被告会社及び被告村上は、右のとおり高騒音を発生せしめていたものである。

尚、被告村上後記主張事実については、被告村上が原告らの強い要望により一時部分的に製材をしないでいたことは認めるが、依然としてフォークリフトを動かしたり、吹上げを行なったりしていたものである。

4  (被告市の責任原因)

(一) 被告市は、被告県からの委任により、建築確認申請受理手続を建設部都市計画課をして所掌せしめているが、右部長、課長、係長らは被告村上の四七年、四九年確認の申請の受理に当り、前記3の(二)のとおり、調査の上用途地域を住居地域とした上で被告県に副申すべきであり、また、被告会社ないし被告村上に対し、被告工場敷地は住居地域に属し、一定規格以上の動力を用いる木材引割もしくはかんな削り機などの使用はできない旨を指導し、又、右申請に反する事態が判明した場合には、被告県に進達して建築物の除去、使用禁止などの処置を措らせる義務がある。

しかるに、右部長らは、前記のとおり商業地域として被告県に副申し、原告精一より再三に亘り是正方の申入れを受けたにもかかわらず用途地域が判然としないことを口実に右義務を怠り、漫然と被告会社の高騒音発生を伴う違法建築物の設置使用を放置した。のみならず、被告会社に対し、工場として動力を使用できるよう防音措置を講ぜさせたり、工場敷地面積を商業地域が過半となるよう借地の一部を菊三郎に返還するよう指導し、四九年確認申請の際には右返還が被告村上の形式上だけのものであり、現地ではこれをそのままに放置してあるのを確認しないで前同様商業地域として被告県に副申し、その後も工場使用を継続させた。

(二) 被告市は、指定地域内の特定工場に対し被告県からの委任により騒音の規制権限を有するところ、これを所掌している生活環境課係員は、騒音が規制基準に適合しないときは騒音防止の方法を改善させ、その使用の方法もしくは配置を変更させる改善勧告をなし、ないしは改善命令を発して罰則を伴う措置をとる義務がある。

右課係員らは、原告らより医者の意見をも含めて再三に亘り是正方の申入れを受けたにもかかわらず、正確な騒音測定、適正な防音措置をとらないまま放置して、被告村上の高騒音発生を放任した。

(三) 被告市は、その係官らの過失ある違法な不作為ないし作為により生じた後記損害を賠償する責任がある。

5  (被告県の責任原因)

(一) 被告県は、気仙沼における建築確認申請に対し許可権限を有するところ、この事務を気仙沼土木事務所建築主事をして所掌させていた。同主事は、被告村上の建築確認申請に際し、申請内容の真実性を確認し、もしそれが虚偽であることが判明した場合には、建築物の除去、使用禁止等の措置を講ずる義務を負うものである。

しかるに右主事は、前記3の(二)のとおり違反事実を看過して四七年確認をなし、その後原告精一より菊三郎の病状が被告工場より発する高騒音により悪化していることを再三に亘り申出を受け、住居地域であるにもかかわらず、規格以上の動力を使用し、申請事実も虚偽である旨の申出を受けたにもかかわらず、昭和四九年五月七日に至り、初めてその違法たることを確認して被告県後記主張のとおり原動機の使用を一たんは禁止させたにもかかわらず違法状態が継続しているのに四九年確認をなし、被告工場を同年七月一四日再び稼動せしめて被告村上の高騒音発生を伴う工場使用を放任した。

(二) 被告県は、右主事の過失ある違法な不作為ないし作為により生じた後記損害を賠償する責任がある。

6  (損害)

(一) (菊三郎の慰籍料請求権)

(1) 工場騒音は、菊三郎の病気を再発させ、静穏な生活および治療環境を破壊した。そして菊三郎は、騒音による精神的、肉体的苦痛がそのもつ病気を悪化せしめられて、ついには肉体的疲労、衰弱を伴い、昭和四九年九月五日死亡した。その苦痛は金銭的に償いえないが、金三〇〇万円をもって相当とする。

(2) 右菊三郎の被告に対する慰籍料請求権は、相続により妻たる原告しみえ、子たる徳子、その余の原告らに法定相続分に従い相続された。

(二) (徳子、原告らの固有の慰籍料請求権)

右の者らの工場騒音による精神的、肉体的苦痛を金銭的に評価すれば各々金二〇〇万円をもって相当とする。

(三) (弁護士費用)

徳子及び原告らは、本件訴訟を提起し、これを維持するためには専門的知識を必要とするため、本件訴訟代理人に対し各々金二〇万円の報酬を支払うことを約した。

(四) 徳子は、昭和五四年一〇月一三日死亡し、徳子の(一)、(二)の慰籍料請求権及び(三)の弁護士費用支払義務はその母である原告しみえに相続された。

よって、原告しみえは、被告村上、被告市及び被告県に対し各損害金内金四四〇万円及び内金四〇〇万円については不法行為以後である昭和四九年九月六日から、内金四〇万円については昭和五三年(ワ)第二〇二号事件の訴状送達の翌日である昭和五三年三月二六日から各支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告精一は、被告村上、被告市及び被告県に対し各損害金内金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを、原告美恵子は、被告村上、被告県に対し、各損害金内金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員の、支払いをそれぞれ求め、更に、原告らは各自被告会社に対し損害金二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年(ワ)第一一二号事件の訴状送達の翌日である昭和六〇年二月七日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び被告らの主張

(被告会社、被告村上)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3について

以下の「被告の主張」欄に記載の諸事実からすれば、本件工場騒音は受忍限度内のものである。

(一) 同3の(一)の事実について

(認否)

昭和四八年一二月二六日、昭和四九年四月四日の各測定値は認めその余の事実は否認する。

(被告の主張)

(1) 工場騒音の被告市による境界線上での測定値、及び本件検証時(昭和五四年一二月二〇日午後〇時三〇分から約三〇分間)の原告方家屋内での測定値は次のとおりである。

(ア) 昭和四八年八月二九日 境界線上 一定音六四〜六六ホン不規則音六七〜七六ホン

(イ) 同年一二月二六日 右同 六六〜六七ホン

(ウ) 昭和四九年二月一八日 右同 六五ホン

(エ) 同年四月四日 右同 六九ホン(送台車付帯鋸盤とローラ付帯鋸盤を同時稼動の場合)五九ホン(ローラ付帯鋸盤停止の場合)

(オ) 同年一一月一一日 右同 六一ホン

(カ) 昭和五一年五月六日 右同 五七〜五八ホン

(キ) 同年五月二〇日〜二三日 右同 五五〜五八ホン

(ク) 昭和五四年一二月二〇日(検証時)原告方家屋内ローラ付帯鋸盤の稼動音が四五ホン、帯鋸盤のそれが同じく四五ホン、集塵機稼動時の吹上音は耳に聞こえない程度

(2) 右昭和四九年四月四日の測定値をみると、送台車付帯鋸盤とローラ付帯鋸盤を同時に稼動させた場合には六九ホンと境界線上においては後記の規制基準を上まわってはいるが、当時(現在もそうであるが)被告会社では従業員の数が少く、同時に二台の機械を稼動させることはほとんどなかったので、現実にはそのような騒音を発することもほとんどなかったのである。

しかも、被告工場の操業時間は午前八時から午後五時までであり、夜間騒音を発生させるようなことはまったくなかったのである。

(3) ところで、被告工場を稼動しない環境騒音(暗騒音)についてであるが、右検証時の測定によると、原告方家屋内において、車両通過時において普通車両は五七ホン、大型車両は六〇ホン、また原告宅のガラスドアの開閉音が四五ホン、室内における会話音が六五ホンである。

そして、検証時の原告方家屋内における、(1)の(ク)の測定値及び右の環境騒音測定値の程度は、車両通過時(測定時間が昼休みで車両の運行が少ないことは考慮しなければならない。)の音は「騒がしい事務室」にあたり、右機械音はドア開閉時の音とともに「静かな公園」に該当するほどのものであって、右機械音は、到底「高騒音」とはいえないものである。もっとも集塵機については後記(四)のとおり、その騒音防止の措置がとられているので、必ずしも現在の音の大きさだけを取り上げて述べることはできないが、原告らのもっとも問題としている工場増築部分に設置されたローラ付帯鋸盤については、その騒音防止の措置をとったのが後記(四)のとおり昭和四八年一二月であるからそれ以来、現在と同程度の音であったはずである。また、それ以前の右帯鋸盤、先の集塵機についても、原告らは、それらの現在程度の騒音についても、なおかつうるさいと主張しているものであり、原告方家屋内において、騒音防止の措置をとる以前に、はたして原告らの主張するような「高騒音」による苦痛を受けていたものかどうかもはなはだ疑問である。

(二) 同3の(二)の事実について

(認否)

同(1)、(4)の事実は認める。同(2)の事実中、用途地域の指定によると住居地域と商業地域の境が被告工場の敷地上に存し、右敷地につきいずれの地域が過半を占めるかにより、用途地域が定まる関係にある事実は認め、その余の事実は否認する。同(3)、(5)は争う。

(被告の主張)

四七年確認においては被告村上は被告工場敷地を「商業地域」として申請したが、これは現実の使用敷地の商業地域と住居地域の面積の比率に応じて申請したものである。

なお、被告村上は、当初主要用途を「製品置場」として申請したが、「製材工場」としての建築確認も可能であったのであり、したがって、四九年確認においては「製材工場」として確認がなされたのである。したがって、仮に被告村上に建築確認に際しての違法があったとしても、それはきわめて形式的なものであるから(すなわち、その後において形式的な面を整えることによって製材工場の増築、機械の設置自体が法的にも正当化されたのである)、そのこと自体が、被告村上の騒音発生行為を違法とする根拠とはならない。

(三) 同3の(三)の事実について

(認否)

同(1)の事実は認める。同(2)は争う。

(被告の主張)

被告工場敷地は都市計画法上の商業地域と住居地域にまたがって位置し、敷地の東側部分が商業地域に、西側部分が住居地域に属している。

一方、原告らの住居敷地はすべてが商業地域(騒音規制基準に定める第三種区域)に位置している。

したがって、規制基準は昼間が六〇ホンである。

また、原告らの住居敷地は国道二八四号線に面しており、公害対策基本法第九条の規定にもとづく「騒音に係る環境基準」においても騒音の値が緩和される地域に属している。

(四) 同3の(四)の事実について

(認否)

否認ないし争う。

(被告の主張)

(1) (被告市の行政指導とそれに対する被告村上の遵守状況)

被告市は原告らの苦情申立により騒音の測定を行い(その測定値は前記(一)の(1)の(ア)ないし(キ)のとおり。)、その結果にもとづき被告会社に対する騒音防止に関する行政指導を行い、被告会社は右行政指導に応じ騒音防止対策を講じてきた。

その具体的経過は次のとおりである。

昭和四八年八月二九日 原告ら苦情申立

同日 被告市、騒音測定

同年九月一七日 被告市と騒音防止対策について協議

同年一一月一二日 被告村上の依頼により、被告市、工場騒音の周波数分析実施

同年一一月一九日 被告市と騒音防止対策について協議

被告市に対し、騒音防止変更届出提出

同年一一月二六日 被告市と変更届出にかかる防止対策について協議

同年一二月三日 被告市に対し、騒音防止計画書提出

同年一二月二五日 騒音防止対策実施

右防止対策は、被告工場の原告方家屋に接する外壁部分が亜鉛鉄板小波板のみであったものを、それに石こうボード、木毛セメント、グラスウールを加えたものに改善したものである。

同年一二月二六日 被告市、騒音測定

昭和四九年一月一二日 被告市と騒音防止対策について話し合い

同年一月 騒音防止対策実施

右防止対策はおが屑の集塵装置の吹上管をグラスウールで覆ったものである。

(2) (その他の騒音防止対策)

被告会社は、業者に新しい集塵機の開発を依頼し、中に消音装置が組み込まれた集塵機を開発してもらい、それを取り付けたり、丸太の貯蔵のために被告工場敷地以外の場所をあらたに借りたり、他から音のうるさくないフォークリフトを借りたりした。また、商工会議所主催の公害相談室で指導を受けたり、原告から苦情の申立のあったフォークリフトにも消音装置を付加したり、製材機械の同時使用を控えたり、また原告らの苦情申立があったのちは、集塵装置の作動回数も極端に制限し、午前一〇時、正午、午後三時、午後五時に各五分ぐらい作動させたのみである。

(3) 以上のように、被告会社及び被告村上は騒音防止および軽減のためにあらゆる努力をなしており、騒音による被害をできるだけ防止、軽減する手段を講ずべき注意義務に欠ける点はなかった。

(五) 同3の(五)の事実について

(認否)

被告工場敷地は、菊三郎が被告村上に貸し渡していたものである事実及び昭和四七年二月付契約書に原告主張の条項が記載された事実は認めるが、その余は争う。被告会社及び被告村上は前記のとおり、誠実に騒音等の苦情を処理しているものである。

(被告の主張)

被告村上は、被告工場敷地を当初から製材業を営むことを目的として原告ら(菊三郎の承継人)から賃借しているのであり、原告らは、被告村上が相当程度の騒音を発することを認容していたというべきであり、特に、賃貸借契約締結の昭和三三年四月当時は、原告宅が被告村上方の製材所の西側にあったが、賃貸借締結後、現在の製材所敷地の東側に接する位置に移転してきたものであって、なおさら相当程度の騒音は受忍しなければならないものと考える。

(六) 同3(六)の事実について

(認否)

否認ないし争う。

菊三郎の病名たる「脳軟化症」という病気の性質、及び菊三郎の年令からしても、前記程度の騒音とその死亡との因果関係は到底認めることはできないものである。

(被告の主張)

(1) (被告会社及び被告村上の菊三郎の病状に対する配慮)

被告村上は、昭和四九年八月一九日原告らから亡菊三郎の容態が悪いと言われるや、お盆休み明けで注文もあったにもかかわらず、同年九月二日まで一切の機械の稼動をほとんど中止して協力した。

(2) (本件における特殊事情)

原告ら方においては、被告村上方製材所で発する騒音についてはことの外敏感な反応を示し、ささいな騒音を発する都度、被告村上方に苦情を言い、「人殺し」などと聞くに耐えない悪口雑言をあびせたり、暴力を加えたり、被告村上の母が買い物に行く際、同様の悪口を言いながらあとから付いてきたりなどし、被告村上方を訪れる来客も驚くほどであり、同被告方の営業は著しく妨害されている。

4  同6の事実中菊三郎が昭和四九年九月五日死亡した事実、徳子が昭和五四年一〇月一三日死亡した事実は認め、その余は否認ないし争う。

(被告市)

1  請求原因1、同3の(一)ないし(四)、(六)同6の各事実に対する認否は被告村上の認否と同じである。

2  請求原因2の事実中、被告会社が別紙図面(一)記載のように原告方家屋と隣接した情況で製材業を営む者であることは認める。(五)の事実中、被告工場敷地は菊三郎が被告村上に貸し渡していたものである事実は認め、その余は不知ないし争う。

3  請求原因3の事実に対する被告の主張

本件工場騒音は、受忍限度内のものである。

(一) 同3の(一)について

次のように付加する外、被告村上の主張と同じ。

被告村上工場の測定結果は、被告市の測定では大筋六〇ホン弱であったが、これは境界線上の測定値で、原告方家屋内ではより低いことが本件検証で明らかにされたものである。

(二) 同3(二)について

被告市が、用途地域をそれぞれ商業地域として被告県に副申した理由は後記4に記載のとおり。

(三) 同3の(三)の事実について

特定工場敷地が第三種区域(商業地域)と第二種区域(住居地域)にまたがっている部分については、騒音規制法二条二項により「敷地の境界線」により規制することになる。そして原告宅と被告村上工場の敷地の境界線は第三種区域(商業地域)であり、規制基準値は昼間六〇ホンとなるものである。

更に、本件土地は、気仙沼市と一関市を結ぶ国道二八四号線と接しており、この北方約二〇ないし三〇メートルの所は国鉄大船渡線が通っていて、騒音としては、交通騒音の影響も無視できないものであって、この点も考慮されるべきである。

(四) 同3の(四)の事実について

被告村上の主張と同じ。

(五) 同3の(五)の事実について

原告の先代菊三郎は被告村上に対し、この土地を「製材所」として賃貸したものであり、賃貸人として製材音については認容していた(又は認容すべき地位にあった)ものである。

5  請求原因4の事実について

(認否)

被告市が、建築主からの建築確認申請を受けてこの内容を調査し、建築主事(気仙沼土木事務所)にこれを進達する義務を有すること、騒音規制に関する権限については、被告市が騒音規制法施行令により、被告県から昭和四六年一〇月一九日特定工場の騒音公害に関する改善勧告等の事務の委任を受け、原告主張の規制権限を有していることは認めるが、その余は争う。

(被告の主張)

(一) 確認申請について

(1) 被告市が確認手続においてとれる権限は、きわめて限られている。

本件の争点の関係でこれを記述すると、確認を求めた土地の用途地域指定に限定されている。

しかも、この用途地域についての調査も、被告市備え付けの「都市計画用途地域図」に基づいて調査するのがひとつと、境界線上のものについては建築主(被告村上)の申請にまつことになり、この内容が実体にそくしているか否かの調査権限を有していない。

(2) 都市計画用途地域

被告市の都市計画用途地域図は、昭和四八年一二月一五日以降二五〇〇分の一の図面をもってなされている。当該地域に関するこの都市計画用途地域図は、別紙(三)のとおりである。

当事者間に争いのない事項であるが、当該地域は、商業地域と住居地域にまたがっている。このような場合、当該地域がいずれに該当するのかは、先ず両地域の境界線引をし、いずれの面積が過半か、によって決する。

本件土地はたまたま両地域にまたがっている外に、道路が曲線をなしているのが特徴的である。この場合の線引は次の方法をもってなされる。

(ア) 曲線となっている道路の直線部分の中心線を延長して交点を出す。

(イ) 交点から道路官民境に垂線をおろす。

(ウ) この官民境から垂直に二五メートルの地点を出す。

(3) 被告村上から被告県に対する四七年確認の申請は、次の記載をもってなされた。

用途地域 商業地域

主要用途 製品置場

敷地面積 508.425平方メートル

建築面積 42.76メートル

そして、被告村上の提出にかかる当該地域の用途地域を算定すると、別紙(四)記載のとおりとなる。従って、同被告の敷地面積508.425平方メートルの二分の一は、254.213平方メートルであり、商業地域は右別紙(四)記載の、、箇所で270.337平方メートルとなり、商業地域が過半であることは明らかである。

被告市は被告村上の申請に基づき、本件地域を右のとおり商業地域と認定し、その他関係事項を記入して建築主事にこれを副申したものであって何ら違法は存しない。

なお、被告村上の建築建物の主要用途が「製品置場」と申請されていたので、この時点で住居地域、商業地域どちらでも建築可能であったため、右用途地域については、副申の際、特に問題とすべき事項ではなかった。

(4) 四九年確認申請に対しては、被告市は建築主事に当該地域が商業地域であると認定し、この旨副申しているが、これは右確認申請書の記載では敷地面積が457.26平方メートルとなっていたので、被告市は、商業地域過半との認定のもとにこの副申に及んだものであって何ら違法は存しない。

(5) また、被告市は建築基準法上の「特定行政庁」の指定を受けていないので、仮に違反建築物があったとしても是正措置をとることはできない(同法二条二二号、九条、四八条三項)。

被告市の立場は前述のとおり、建築主の申請に基づき用途地域を副申する権限を有するにすぎず、これ以上の実体調査の権限はもとより、違法建築物に対する是正措置の権限もないので、被告市の本確認手続においては、何の違法も存しないことになる。

(二) 騒音規制

(1) 被告市は、先のとおり被告県の委任のもとに、「特定工場の騒音公害に関する改善勧告等の事務委任」を受けて騒音規制を行っている。

(2) そして被告市は、昭和四八年八月二九日、原告精一からの工場騒音に対する苦情を受けて以来、被告工場を「特定工場」としてその騒音を測定すると同時に、被告村上にその都度必要な是正勧告を行ってきたものであって、その経過は、被告村上の主張3の(四)記載のとおりであって、その成果として、同3の(一)記載のとおり工場騒音は減少し、境界線上においてすら、前記規制基準の六〇ホン以下となったものであって、被告市には何ら違法は存しない。

(被告県)

1  請求原因1ないし3、同6の事実の認否及び同3の事実(受忍限度を超えている旨の主張)に対する主張は、それぞれ被告市と同じ。

尚、被告県が四七年、四九年確認をなした理由は、後記主張のとおり。

2  請求原因5の事実について (認否)

被告県が建築基準法上の確認をする権限を有し、建築主事にその事務を所掌させていたこと及び被告県が違法建築物に対し是正措置権限を有することは認め、その余は否認ないし争う。

(被告の主張)

(一) 建築等確認について

確認とは、当事者申請にかかる建築計画が関係法令の規定に適合するかどうかを判断する行為であり、判断の対象は申請書に記載された建築計画であり、現地における実体関係ではない。

したがって建築主事は、申請内容の真実性及び現地における実体上の法律関係を調査する義務を負わない。このことは、建築基準法六条において、本件の如き場合には、建築確認は申請を受理した日から七日以内にその審査結果をもって申請者に通知すべき旨定められている(三項)ことから見ても明らかであり、もし、現地、実体を調査すべきものとする場合は、右の規定は建築主事に難きを強いる結果となる。

なお、本件の場合、建築物の敷地にかかる用途地域如何が建築基準法四八条及び別表第二との関係において意味をもつところ、四七年確認申請では住居地域と商業地域にまたがる旨の記載があるが、被告市作成の副申書には用途地域として商業地域と記載されているので県建築主事は、これを当時施行の建築基準法九一条の規定に従い、過半を占める地域が商業地域であるとして、商業地域内の建築物に関する関係法令の規定を適用して、確認の審査を行ったものである。又この関係は右の申請書及び添付の見取図等を綜合した場合においては、これを首肯しうるところである。

そして、その後被告工場において動力の使用が行われていること、および被告村上の現実に使用する敷地面積が、住居地域において広く、したがって前記建築基準法九一条による適用地域区分が住居地域となる場合が生ずるおそれあることが判明したので、被告県建築監視員は、昭和四九年五月七日、違反建築物に対する措置として、新設動力の使用禁止命令を発すると共に、製材工場として使用するのであれば、建築基準法四八条に違反しないよう、その用途変更につき、改めて確認手続を行うべき旨行政指導を行った。

右の結果、被告村上より用途変更等につき、改めて四九年確認申請がなされ、被告県建築主事は同年六月一八日をもって、これを確認したのであるが、今回申請においては申請人が住居地域側の土地を限定して使用することとした結果、建築基準法九一条の適用については、依然として商業地域の規定が適用されることとなり、したがって申請作業場の床面積は、建築基準法別表第二(ほ)項、第二号により規制されることとなるのであるが、同面積は、右制限である一五〇平方メートルに達しない(145.74平方メートル)ので、これを確認したものである。

以上によれば、被告県は関係法規の定めるところに従い、その手続を進めたものであり、原告の主張するが如き違法は存在せず、担当公務員の故意は勿論過失もこれを見出しえないものである。

(二) 騒音規制について

騒音防止にかかる知事の権限については、法律上(騒音規制法二五条、同施行令四条)被告市長にその権限を委任しているので、被告県について責任を負うべき理由は何ら存在しない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりである。

理由

第一  被告村上及び被告会社に対する請求について

一  請求原因1の事実(原告らの地位等)及び同2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで請求原因3の事実(工場騒音が受忍限度を超えるものであるとの主張)について以下に判断する。

1  (本件における受忍限度の考察)

(一) (被告工場及び原告方家屋の状況)

検証の結果(第一、二回)によると、右は、別紙図面(一)記載のとおりであり、また原告方家屋の内部の状況は同(二)記載のとおりであって、被告工場側部分に開放部分は存しないことが認められる。

(二) (増築後の騒音発生状況及びこれに対する被告村上の対応)

弁論の全趣旨により各成立の認められる丙第五号証の一ないし五、第七号証の一ないし三、第八号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証の一ないし三、八、九、第一一号証の一ないし六、第一二号証、第一三号証の一ないし五、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一、三、四、第一六号証、第一七号証の一、二、五、六、第一八号証の一ないし九、原告精一本人尋問の結果、同結果により被告工場付近及び被告村上が新たに借り受けた木材置場の写真であると認められる甲第一号証、同結果により被告工場及び他の製材工場の写真であると認められる甲第三号証、同結果により成立の認められる甲第六号証、被告村上本人尋問の結果、検証の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を併せると、次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 増築前の被告工場においては、送台車付帯鋸盤一台、製凾機一台等を稼動して、原木から角材等を製材する作業をしており、昭和四八年二月の増築後には、増築部分にローラ付帯鋸盤、集塵機を取りつけて右の製材による残りの部分から更に板を取る作業等もなすようになった(別紙図面(一)参照)。増築後の稼動時間は午前八時から午後五時までであり、従業員数は、概ね男子三名、女子一名であった。

(2) 昭和四八年八月二九日、原告精一から被告市に対して工場騒音につき苦情が申し立てられ、同日、被告市は、被告工場を騒音規制法に定める「特定工場」としてその騒音を測定したところ、帯鋸盤の騒音は別紙図面記載アの地点(以下同図面記載の測点は「測点ア」のように略称する。)で、騒音計は六四〜七六ホンを示し(この指示値の評価は後記のとおり。)、同イの地点では七〇〜七九ホンを示した。

(3) 同年九月一七日ころ、右(2)の結果が規制基準を超えていたため、被告市と被告会社は騒音防止対策につき協議した。

(4) 同年一一月一二日、防止対策を具体化するため、被告会社の依頼により被告市が工場騒音の周波数分析を実施した。

(5) 同月一九日、被告市と被告会社とで騒音防止対策について協議し、被告会社は、被告市に対し、騒音規制法八条一項に定める特定施設騒音防止方法変更の届出をした。

(6) 同月二六日、右(4)の分析結果を被告市が被告会社に説明し、両者間で右変更届出にかかる騒音防止対策について具体的に協議した。

(7) 同年一二月三日、被告会社は被告市に対し、右(6)の結果を踏まえて製材工場の騒音防止計画書を提出した。

(8) 同月二五日、被告会社は、被告工場の原告方家屋側の外壁部分を従来亜鉛鉄板小波板のみであったものを、それに石こうボード、木毛セメント、グラスウールを加えたものに改善する騒音防止対策(費用七八万円)を実施した。

(9) 同月二六日、被告市が、右(8)の防止対策後の騒音を測定したところ、測点アで、製材音と集塵機の騒音とで騒音計はほぼ六六〜六七ホンを示し、右(2)測定時では感じられなかった集塵機の騒音が高く感じられた。

(10) 昭和四九年一月一二日、右(9)の結果を踏まえ集塵機の騒音の防止対策について被告市と被告会社間で集塵機全体をグラスウールで覆い雨よけ防止をする等の方策が協議された。

(11) 同月、被告会社は、集塵機を木小屋で覆い、その内部にグラスウールを貼り、おが屑を送るビニールパイプをグラスウールで覆い、さらにビニールテープを巻くという騒音防止対策(費用は木小屋造だけでも一五万円)を実施した。

(12) 同年二月一八日、被告市が右(11)の防止対策後の騒音の測定したところ、帯鋸盤は故障中で測定できなかったが、製凾機音は測点アで騒音計はほぼ六五ホンを示した。

(13) 同年四月四日、被告市が測定したところ、測点アで、送台車付帯鋸盤とローラ付帯鋸盤を同時に稼動させた場合、騒音計はほぼ六九ホン、ローラ付帯鋸盤を停止させた場合はほぼ五九ホンを示した。

(14) 同年五月七日、被告市が測定したところ、測点アで、製材音がほぼ六三〜六七ホンの指示値、集塵機音がほぼ六二〜六五ホンの指示値であった。

(15) 同年一一月九日、原告精一からの苦情申し立てにより、被告布が測定したところ、製材音は測点アでほぼ六一ホンであった。

(16) 昭和五一年一月三一日ころ、被告村上が、集塵機製造業者により騒音の低い集塵機の開発を依頼していたところ、ようやく納品され、従来の集塵機に替え、先の木小屋をとり払って、新しい中に消音装置が組み込まれた集塵機をとりつけた(価格五〇万円)。

尚、右集塵機は新規のものであるが、他の製材業者は現在でも旧来の集塵機(価格数万円)のものを使用しているものである。

(17) 同年五月六日、被告市が、工場騒音を測定したところ、騒音計はほぼ次のように示した。

測点 無負荷状態 有負荷状態

(ホン) (ホン)

ア 五七〜五九 五九〜六三

ウ 五三〜五五 五二〜五六

エ 五八〜五九 五八〜六〇

(18) 同月二〇日から二二日にかけて、被告市が測点オ付近で工場騒音を測定したところ、次のとおりであった。

測定日時 九〇%  同下  中央値

(〜) レンジの 端値  (ホン)

上端値  (ホン)

(ホン)

二〇日午後  五五  四二  四八

二時二〇分

二一日午前  五七  四四  五一

一一時五五分

二一日午後  五七  五一  五三

二時

二一日午後  五六  五一  五二

二時三〇分

二二日午前  五七  五一  五三

一〇時四〇分

二二日午前  五八  五二  五三

一一時三〇分

二二日午後  五八  五〇  五二

四時

(19) 昭和五四年一二月二〇日の本件第一回検証時に、午後〇時三〇分から同五〇分にかけて、別紙図面(二)記載の原告方家屋の和室八畳間中央付近床上約1.5メートルの高さにマイクロホンを置き、被告工場の同図面(一)記載の木製ドアを閉め、同図面(二)記載の原告方家屋南側廊下のガラス戸を開けた状態で測定したところ、製凾機音で最高四五ホン、ローラ付帯鋸盤の音で最高で43.4ホンであり、集塵機による吹上音は、測定グラフに現れず、聞こえない状況であった。

尚、以上(2)、(9)、(12)、(13)、(14)、(15)、(17)、(18)の各ホン数は、暗騒音(ある場所において、特定の音源を対象とした場合に対象の音がないときのその場所における騒音)による補正をしていないものである。

また、右の被告市の測定につき原告らは、正確な騒音測定ではなかった旨主張するが、これをうかがわせるに足る証拠はない。

(20) 被告会社は、騒音を防止するために、以上の外に次の対策をとった。

(ア) 昭和四九年一〇月一〇日ころ防音装置済フォークリフトに対し、さらに二重の防音装置(セコンドマフラー)を取りつけた(費用一万五八〇〇円)。

(イ) (従業員数が前記のとおり少ないこともあるが)製材機二台をよほど急ぐ仕事以外には同時に稼動しないようにした。

(ウ) 普通の製材所においては、集塵機は製材機と一緒に稼動させているものであるが、被告村上においてはこれを午前一〇時とか、午後〇時、同三時、同五時の休み時間、もしくはおが屑が相当たまった状態以外には稼動させず、一日に数回程度、一回につき五分間位稼動するようにした。

(エ) 被告工場敷地の他に、新たに木材置場用の土地を借り受け、トラックから木材の積みおろしに伴う騒音を防いだ。

(三) (被告工場及び原告方家屋の地域性)

各成立に争いのない甲第一二号証、第一三号証の一、二、弁論の全趣旨により各成立の認められる丙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証、第一三号証の五、第一四号証の三、第一五号証の一、二、四、五、第一八号証の二、三、四、八、九、甲第四〇、第四一号証、証人浦島達夫、同木村成夫の各証言及び検証の結果(第一、二回)によれば次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 本件土地周辺の都市計画法(建築基準法)上の地域(用途地域)の指定は別紙(三)のとおりであって、これを本件土地に具体的に線引きする方法は、被告市の主張前記4の(一)の(2)の(ア)ないし(ウ)のとおりであって、別紙図面(四)記載のとおりとなり、境界線及び原告方家屋敷地の大部分が商業地域である。

(2) 本件土地付近における騒音規制法上の騒音規制の区域区分が、右地域指定に準拠して指定され、住居地域は第二種区域に、商業地域が第三種区域に該る(このことは当事者間に争いがない。)から右各区域区分は右(1)と同様となる。

(3) 本件土地付近の状況は別紙(三)のとおりであって、原告方家屋は二車線を有する国道二八四号線に面し、その交通量は相当に多い。

(4) 右(3)の通行車両等の影響で、原告方家屋付近の暗騒音は次のようなものである。

(ア) 前記(二)の(19)の本件第一回検証時の同様の測定(原告方家屋内和室八畳間中央付近)で、最高で56.7ホン、大型車両の通行音は六〇ホン、原告方家屋玄関のガラス戸を開けた状態では、五七ホンである。

(イ) 前記(二)の(12)の被告市による測定時には、暗騒音は、九〇%レンジ上端値で六四ホン、中央値で六一ホンであり、普通車両の通過時には騒音計は、ほぼ63ないし65.5ホンを示し、大型車では、ほぼ七〇ホンを示した。

(ウ) 前記被告市による他の測定時においても、交通騒音が相当に高い(例えば前掲丙第一三号証の五、丙第一五号証の四参照)。

(四) 公的基準

(1) 規制基準

被告工場が騒音規制法に定める「特定工場」に該ることについては当事者間に争いがない。ちなみに規制基準は特定工場等において発生する騒音の特定工場等の敷地の境界線における大きさの許容限度とされ(同法二条二号)、右規制基準は生活環境を保全する必要があると認められる地域において、特定工場等において発生する騒音について規制する必要に応じた時間区分、区域区分ごとに定められる(同法三条一項、四条一項。従って原告主張のような特定工場等の敷地面積の各区域部分の比率等とは本来は関係がない。)ものである。

そして右区域の指定は、先示(三)の(2)のとおりであり、第二種区域(住居地域)の規制基準は昼間(午前八時から午後七時まで)五五ホン、第三種区域(商業地域)では同六〇ホンであることについては当事者間に争いがない。

(2) 環境基準

各成立に争いのない乙第一、第二号証、成立について争いのない甲第三四号証によれば、公害対策基本法第九条に基づく騒音に係る環境基準について、宮城県知事は環境基準の地域の指定につき都市計画法上の地域指定に準拠して、住居地域をA地域、商業地域をB地域と指定した(従って右地域の指定は先示(三)の(1)のとおり)こと、右基準はA地域は昼間五〇ホン以下、B地域は同六〇ホン以下、B地域のうち二車線以下の車線を有する道路に面する地域(国道二八四号線が二車線であり、原告方家屋敷地がこれに該ることは前示のとおり)については右によらず昼間六五ホン以下と定められていることが認められる。尚、測定場所は屋外で当該地域の騒音を代表すると思われる地点等とされている。

(五) 騒音の程度

各成立に争いのない甲第一一号証、乙第三号証、前掲甲第三四号証及び検証の結果(第一、二回)によれば、音の高さ(ホン数)の程度はおおよそ次のとおりであると認められる。

ホン数 騒音の大きさの例 人体への影響

四〇 市内の深夜・図書館 ―

五〇 静かな事務所    ―

六〇 静かな乗用車・普通の会話 疲労度の上昇

六五 原告方家屋八畳間における普通の会話から一メートルの地点

七〇 電車のベル・騒々しい事務所の中 仕事の能率が上らない

八〇 地下鉄・国電の車内 いらいらして頭痛がする

九〇 騒々しい工場の中  消化不良、血圧が高くなる

(六) (本件における特殊事情)

原告精一及び被告村上各本人尋問の結果によると次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 菊三郎は、被告村上に対し、当初から被告工場の敷地を被告村上が製材工場を営むということで貸し渡していた。

(2) 右契約成立当時、原告宅は、別紙図面(一)の⑩⑪付近にあったがその後現在の位置に移築したものであり、昭和四七年二月の増築にあたっては、増築部分が原告方家屋の裏側にあたり、右部分で前記(一)の製材作業がなされることにつき被告村上側から事前に申し出を受け、原告ら側においてこれを承諾していた(但し集塵機の稼動は予想せず、設置されたローラ付帯鋸盤の動力数はもう少し低いものと予想していた)。

(七) その他の事情について

(1) 建築基準法違反の事実

前掲第一号証、各成立に争いのない甲第七号証、第一三号証の二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三八、第三九号証、丁第三、第四号証、原告精一及び被告村上各本人尋問の結果及び前示(三)の(1)(本件土地付近の用途地域の指定)によると次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(ア) 四七年、四九年確認は、被告工場敷地の用途地域を商業地域としてなされ、四七年確認においては、主要用途が製品置場とされていた(右事実は当事者間に争いがない。)。

(イ) しかし、右確認申請当時、被告工場の敷地の使用の実態は、住居地域部分において広いものであった。

(ウ) その使用状況は、別紙図面被告工場建築部分以外の場所に原木、材木等を置くというものであった。

(エ)その後の被告市と被告県の行政指導等により、右(ウ)の木材等置場部分が暫時東側の方から減少していった結果、遅くとも昭和五二年八月ころまでには、被告工場敷地のうち商業地域部分が過半となった。

右によると、右(エ)の時点までは、被告工場の増築部分及び増築部分における製材機の稼動は、建築基準法に反していたものであり、右以降適法となったものと認められる。

しかしながら、被告工場の建築許可手続の行政上の取締規定に関する適法・不適法と右工場内における作業が他人に与える被害に対する工場主の責任とは元来別個の問題であり、かりに被告工場の建築が行政上の取締規定に違反していなくても不法行為の責任を負うべき場合もあり、同様に違反する事実があったとしても、それは行政上の取締規定の対象となるにすぎず、それだけで直ちに工場騒音が原告らの生活環境を侵害する違法行為となるとはいえない。そして本件においては、不適法たる原因は工場騒音とは関係しない木材等置場の利用範囲の多寡に存し、その後右の減少により右取締法規上も適法になったこと(しかも原告らは増築部分で製材作業が行われることを承諾していたこと、右木材敷地部分は菊三郎の承継人たる原告ら自身が貸し渡していたこと)は前記認定のとおりであって、右違反の事実は本件において受忍限度を考察するに当たっての要素とすることはできない。

(2) 菊三郎の死亡等

原告らは、工場騒音によって菊三郎が死亡した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない(かえって、証人葛但夫は、右を否定する証言をしている。)。

そして、成立に争いのない甲第九、一〇号証、第三六号証、証人葛但夫の証言、原・被告各本人尋問の結果によると、菊三郎は、昭和四九年八月一九日に脳軟化症の再発で床につき、同月二一日以降意識不明となり、同月二九日以降は死の直前で回復不可能となっていた事実、被告村上は同月一四日から一八日まで盆休みで工場作業を行わなかった事実、被告村上主張(六)の(1)の事実が認められ、これによると、被告村上の菊三郎に対する配慮に欠けるところはなく、これらは原告主張のように受忍限度の考察にあたり、考慮すべき要素にはあたらないものである。

(3) 賃貸借条項

請求原因3の(五)の条項の記載がなされたことは原告と被告会社、被告村上間には争いがない。

しかしながら、工場騒音に対する被告会社及び被告村上の対応は、前示(二)及び(七)の(2)のとおりであって、誠実な態度をとっていたものであって、右条項違反の事実は認められない。

(4) 被告工場ドアを開けての製材作業

原告本人尋問の結果により被告工場の写真と認められる甲第一六号証によると、被告工場においてはドアを開けて製材作業をしたことがある事実が認められるが、被告村上本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右の作業は数回にすぎないものと認められるから、受忍限度の考察にあたっては影響しないものである。

(八) (結論)

以上認定の(一)ないし(六)の各事実を総合すれば、本件工場騒音の受忍限度は最も低く考慮したとしても原告方家屋居室内(但し、南側のガラス戸は開放状態)で昼間六〇ホンであると認めるのが相当である。

尚、前記のとおり規制基準は工場敷地の境界線上のものであり(環境基準は異なる。)、基準場所として右境界線上と被害者の家屋内のいずれとするかが問題となりうるが、公的規制の場合は画一的処理が必要とされ、また測点も限られるものであるのに対し、私法上の救済においては具体的な被害を問題とすべきであって、生活の本拠たる住居内が右趣旨に最も適合すること、前記認定にかかる(一)の事実(被告工場と原告方家屋の立地状況、右家屋の状況)、(三)の事実(原告家屋敷地が道路に面していること)、(六)の事実(原告方家屋の移築、原告方家屋の裏側に増築することを承諾したこと等)、その他の事情を考慮すると先の結論は妥当なものである。

2  (受忍限度を超える騒音発生の有無)

そこで、工場騒音が右の受忍限度を超えているかどうかについて判断する。

尚、被告工場における作業時間は前示1の(二)の(1)のとおりである。

まず、本件第一回検証時以降の工場騒音についてはこれを認めるに足る証拠はない。前記認定の1の(二)の(19)の検証時の測定の結果によると、右騒音は明らかに受忍限度内のものであって、反証のない限り、右検証時以降も同様であると推認されるところ、原告本人尋問の結果により、騒音計を撮影した写真等と認められる甲第一四号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第四二号証は、その測定時の状況、正確性は別にしても、原告本人尋問の結果及び第一回検証の結果によれば、その測定場所は主に測点イにおけるものであって、以下と同様の推定によると、右推定を覆すには足りない。

次に本件第一回検証以前の工場騒音を判断するに、これについても受忍限度を超えていたものと認めるに足る証拠はない。

即ち、成立に争いのない乙第三号証によると、屋内の騒音レベルは屋外の騒音レベルの一〇ホン以下と推定されることが認められる。(ちなみに、本件において被告村上が工場騒音に対してすべての防止設備を了した時点は、前記1の(二)に認定のとおり、(二)の(16)の昭和五一年一月三一日であると認められるから、特別の事情がない限り、それ以降の騒音の状況は右第一回検証時と変わらないものと認められるところ、(二)の(18)のとおり測点オにおいて九〇%レンジの上端値で最高五八ホンであったことが認められ、これと右第一回検証時の原告家屋内における工場騒音の製凾機音とローラ付帯鋸盤音(いずれも最高値)の複合音四八ホン(前掲乙第二号証参照)との差は一〇ホンと認められ、右の推定は本件においても裏付けられるものである。)

そうすると、反証のない限り、原告家屋内の騒音レベルは、前記1の(9)の昭和四七年一二月二六日測定時以降は、ほぼ五七ホン以下であると推認される(前示のとおり同日の測点アにおける測定時の騒音計は、最高で六七ホンを示し、以降これより高い数値は前記1の(二)の(13)の同時稼動時の六九ホンの指示値以外には測定されていない。)。

そこで、それ以前である昭和四七年八月二九日の測定結果(前記1の(二)の(2))について検討する。前掲丙第一〇号証の八、第一三号証の一によると、ア点における測定の結果は製材作業状況の影響により指示値が不規則に変動し(その測定グラフの記録は丙第一〇号証の八のとおり)たことが認められる。右測定方法による測音の大きさの決定方法については、前掲乙第一、第二号証、原告において成立を認めている丙第三号証の一によると騒音規制のための測定においては、測定値の九〇%レンジの上端値ないし指示値の変動ごとの最大値の九〇%レンジの上端値とされ、環境基準の測定においては、中央値を採るものとされているが、右丙第一〇号証の八の記録によると、中央値を採ると明らかに七〇ホンを超えないものと認められ、右の九〇%レンジの上端値を採った場合においては七〇ホンを若干超えるものと認められる(尚、前掲丙第八号証、第九号証の二に記載の二五回の指示値は、変動する指示値の最大値のうち、比較的高音のものを選択したものと認められ、これらの指示値の九〇%レンジの上端値によっては、不正確になるものと思われる。)。

そして原告において成立を認めている丙第五号証の一ないし五によると、被告工場増築前の昭和四六年五月一三日、被告市が工場騒音を測定したところ測点ア付近で六八〜七〇ホンであったことが認められるが、右程度の騒音でも、昭和四八年二月の増築前は製材音につき苦痛を感ぜず材木を下ろす時に二回程原告宅にぶつかったことから被告村上に注意した位でさして問題はなかったことは原告らにおいて自陳するところであり、右事実と、前記認定1の(三)の(4)の暗騒音から工場騒音レベルを補正するため先の各指示値は減ずべき可能性があること、前記認定の(一)ないし(六)の事実からすれば、右の程度であってはなお受忍限度を超えていたものと認めるには足りないものであって、他にこれを認めるに足る証拠はない。

原告精一、同徳子各本人尋問の結果中には、かなり騒音が高かった旨の供述があるが措信できない(原告精一本人尋問の結果中には、現在程度の吹上音、製材音についても苦痛を感じるという供述部分が存する。)。

また証人葛但夫の証言によると、同人は菊三郎を診療するため原告方へ数回往診しており、工場騒音について被告市に苦情を言った事実が認められるが、右証拠によると、同人の往診中実際に製材音をきいたのは一、二度位であって、原告らから騒音のようす等をいろいろきいた結果主治医としての立場で右申し出をなしたものであって、右証言によっては受忍限度を超えていたことまでを推認するに足りない。

右昭和四七年二月の増築以降、右同年八月二九日の測定時までの間受忍限度を超えていたことを証明するに足る事実はない。

以上によると、結局、工場騒音が本件受忍限度を超えていたことは認められないものである。

三 よって、原告らの被告村上、被告会社に対する各請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

第二  被告市及び被告県に対する各請求について

原告らは、被告工場の発生する騒音が受忍限度を超えて違法であることを前提とし、被告市が騒音規制法により右騒音を規制しなかったことが違法である旨主張するが、右騒音が受忍限度内であることは前示のとおりであるから、右主張は失当である。

次に、原告らは、被告村上の建築基準法に違反する工場の増築確認申請について、被告市は被告県にこれを副申し、被告県はこれを確認し、その結果違法な被告工場の操業を認容した点が違法である旨主張するが、右建築確認手続の適否は、本件においては、被告工場の騒音の受忍限度を判断する要素とならないことは、前示のとおりであるから、右主張も失当である。

よって、右各請求はいずれも理由がない。

第三  結論

以上の次第により原告らの各請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤貞二 裁判官 戸舘正憲 裁判官 橋本英史は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 佐藤貞二)

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